- 2013年5月20日
- 三十数年ぶりのピアノの発表会でした
子供の頃にピアノを習ったことがある方は、かなりの確率でいますよね、特に女子。
私も、幼稚園の年長でピアノを習い始め、高校3年生でやめるまで、一応レッスンに通っていました。
初めてのピアノの発表会は、小学校2年生のとき、曲はベートーベンの「トルコ行進曲」。
最後の発表会はやはり、ベートーベンで、曲はソナタの「告別」だったはず。それも、今となっては30年以上も前のことになります。
そういえば、私は発表会のときにベートーベンを弾くことが多く、モーツァルトなどはほとんどやった記憶がないのですが、どうも繊細さに欠ける(細やかな粒だった音が出せない)、でもパワーはある、ということで、発表会でそれなりに見栄えのするベートーベンを、先生が選んでくれたのかもしれません。
それ以来、ピアノやキーボード等の鍵盤楽器は、バンド活動だったり、ジャズにちょっとチャレンジしてみたり、あとはアルバイトでヤマハのキーボードのデモンストレータをやっていたくらい。
それでも、ずっと、「もう一度、クラシックピアノを習いたい・・・・。」という気持ちは、心のどこかにありました。
仕事などで、ピアノやクラシック関係の方とお話しをする機会も何度かありました。そういう場合は、これ幸いと、「毎日練習できないけれど、クラシックピアノをまたやりたいと思っていて・・・・。」なんて水を向けたりして。
しかし、どの方も口をそろえていうのが、「楽器は、とにかく『鍛錬』ですから、毎日できないと大変ですよね。」
ごくもっともで、しかも厳しいご意見であります。
実は、数年前、一度、ピアノを習いかけたのですが、発表会にいただいた大曲(これはブラームスだった・・やっぱり重厚な曲・・・)をきちんと練習することができず、発表会直前で敵前逃亡をしたことがありました。
そして、現在。
昨年より、凝りもせず、もう一度ピアノを習い始め、幸いなことに先生にも恵まれ、先日のゴールデンウィーク、30年ぶりのピアノの発表会を体験することができたのです!(長い前置きでした・・・)。
私が行っている教室は、ヴァイオリンの先生が主催されている教室で、ピアノは数名で、あとはヴァイオリンの生徒さんばかり。
そのこともあって、ピアノの人は順番が最初の方だったので、非常に緊張はしたものの「楽しもう!」という気持ちで本番を迎えることができました。
場所は、すみだトリフォニーホールの小ホール、新日本フィルのホームグラウンドにもなっている、とても素敵なホールです。
曲目は、リストの「ため息」。 リストは初めてでしたし、今までに発表会などで経験したことのない、ロマンティックな曲です。
難曲ばかりのリストの曲の中でも、何とか手が届き、しかも有名な曲でやる気も出るし、長さも程よく、途中、華やかな盛り上がりもある、という、「発表会のための」という冠がついているとおり、発表会向きの曲です。
この曲を選んでくださった先生には、本当に感謝です!
ピアノは、憧れのスタインウェイ、とてもタッチが軽く、打てば響く感じ、その感触は本当に素敵でした。
普段の鍛錬不足は如実に出て、恥もかくわけですが、それでも、そのときの自分でできる限りのことをやる、、できる限り、曲を自分の手の内に入れる。そういう努力がものすごく要求されるので、本当に発表会の直前の1週間くらいは、曲のことばかり考えていました。
おかげで、発表会が終わった後は、抜け殻のようになって(大げさ・・・でも本当です)、先生がせっかく新しい曲をくださったのに、まだ譜読みもしないで、鍛錬を怠っているところです。
仕事でも、緊張する場面は多々あるのですが、それとは全く質の違う緊張感、全く脳の違うところを使っている緊張感、やはりこれは得難い経験なのだと思います。
ピアノに関しては、小学校卒業時、中学校卒業時、と節目ごとに「辞めたい。」とわがままを言っていました。
高校のときも、テニス部が唯一お休みの日にピアノのレッスンがあるのが苦痛で、やはり「やめたい。」と思っていました。
そのたびに、厳しく私を叱って、ピアノを続けさせてくれた両親には、本当に今さらながら感謝しています。
楽器については、本当に日々の「鍛錬」が必要で、よほど好きでない限り、普通は辞めたくなるものです。
でも、個人的には、子供がやりたがらないから・・・とやめさせてしまうのは、もったいないことも多い、と思っています。
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